もし、大切なものを失うのであれば。
こんにちは村長です。大切なものって無くして、初めてその大切さがわかるもんです。もし、大切なものを失うのがわかっているのであれば、どうしたら良いのか?そしてその別れを直面した時のことを考えてみます。
大切なもの
大切なものってどんなのがあるんでしょうか?人によって当然異なります。
家族や友人や恋人など「人」
家族の一員と言えるペット「動物」
思い出や想い入れのあるもの「物」
自分が生きてきた「記憶」
こんなものですかね?失くして影響が大きい順に並べ替えてみます。
記憶>人>動物>物
の順番ですかね?記憶を失うのは肉体の死の前に訪れるもうひとつの死とも言えます。次は失くしてショックが大きい順に並べ替えたらどうなるんだろう。
人>動物>物>記憶
の順番ですかね?やはりコミュニケーションをとっていた人や動物が失くなるとショックが大きくなると思います。記憶が一番下になっているのは本人がどういう感情になるか村長には想像が出来ないからです。
大切な「人」を失うのであれば
やっぱりこの世の終わりを感じてしまうかも知れません。というか、生命には死というものが必ず訪れるので出会った瞬間に別れは始まっているとも言えます。
突然、失うこともある。
事故や事件、仲違いなど予測していなかった突然の別れが、目の前に降り注ぐかも知れません。心にポッカリと穴が空き、大切であればあるほど悲しみに打ちひしがれるかも知れません。もしかしたら、立ち直る事は不可能かも知れません。
時間が心の穴を塞いではくれます。
しかし、何かのキッカケでその塞がれた穴がまた空いてしまうかも知れません。もしかしたら、最初の穴より大きな穴になるかも知れません。どうにもなりません。どうにかなるのであれば、本当に大切な人では無かったという事です。
一日一日を大切に過ごしたい。
自分のためかも知れませんが、その大切な人をいつ失っても後悔が少しでも減らせるように。しかし、後悔が無くなることなんてありません。後悔だらけになると思います。でも、やっぱり私達に出きることは、その後悔を少しでも減らすことが出来たという「救いのピース」を集めていくことだけ。
泣いて泣いて泣き尽くした後に勇気を。
その「救いのピース」がいずれ「勇気」に変わる。取り残された自分の人生を少しずつ歩んでいけるように勇気を握りしめて、行動できる力を振り絞るしか無い。
時間が経ち心の穴が再び空いた時も「救いのピース」で埋める事が出きる。忘れる事が出来ない別れも、共に歩んで生きていくしか無い。ふんばって。
人は1人で生きていくには弱すぎる。
もう1人の大切な人との出会いを探すのも良いでしょう。悲しみに耐えられる自信が無いのであれば大切な動物や物に頼るのも良いでしょう。弱い自分を認めて大きく空いた穴を埋めるのを手伝ってもらいましょう。
大切な「動物」を失うのであれば
ペットも大切な存在だと思います。その別れは大きな悲しみが襲ってくるかと思います。村長はペットを飼ったことはありませんが、それはきっと大切な人との別れの悲しみと同等だと思います。
言葉が通じなくても。
きっと愛情は伝わり、ペットも愛情を返してくれているものと思います。人間より短い命であるため高い確率でその命の終わりを見送ることになります。
やはり覚悟はしておく必要がある。
そのためにはどうすれば良いんだろうか?ペットは言葉が話せないので本当のところは何を考えているかは人間の想像でしかない。私達がしたいことは、もしかしたらペット達にとって嫌なことかも知れない。
一方的かも知れない愛情だけど注ぎたい。
身勝手なエゴかも知れないけど、めいいっぱいの思い出をいっぱい作って見送る。思い出は悲しみを癒してくれる力にもなる。彼や彼女達が心配しないように前を向いて進んでいくしか無い。それがきっとその大切な命に対しての唯一の恩返しではなかろうか。
大切な「物」を失うのであれば
人や動物と違い分かりあえることはありません。しかし、昔から人々はこう言った。
物に心は宿る。
それが本当かどうかは知りません。でも、きっと持ち主の気持ちを受け入れてはくれる。何も言ってくれないけど、何を反応もしてくれないけど、ずっと傍にいてくれる。
失くさないように大切に扱う。
人や動物と違って、失くなることはありません。私達が失くしてしまうのです。そこに他人が関与している場合もありますが、結局はその大切な物を守っていなかった自分に責任があるのです。
もし自分の命が先に失くなるのであれば、共に棺に入れてもらい、共にこの世から失くなりましょう。それが添い遂げるというものでは無いでしょうか。大切なものに命があるとか無いとかは関係ないと思います。
小さい頃に大切にしていたものはどこにいますか?
ほとんどの方達が大人になり、いつの間にか失くしてしまっていると思います。あの頃、心を通わせた大切なもの。小さい頃だと「ぬいぐるみ」や「お人形」などですかね。たまには思い出してあげてください。きっと、まだあなたの心のどこかに住んでいるでしょう。きっとその大切なものは「友達」でしたよね。
まとめ
人であろうが、動物であろうが、物であろうが、全てが唯一でしょう。唯一がゆえに代わりになるものは無いでしょう。
しかし、自分は変われる。
大事なことなのでもう一度いいます。「代わりは無いかも知れないけど変わることは出きる」大切だったものを忘れる必要もありません。それを背負ったまま変わろう。
大切なものはいくつあっても良い。
いつの日か悲しみが優しい思い出に変わり、その優しい思い出が新たな種を植えているかも知れません。その種から新しい芽が出てきているかも知れません。その新しい芽に気づける様に変わりましょう。変わるためには少しずつでも良いので進んでいくしか無いかも知れません。
もしかしたらその場から一歩も動けないかも知れません。でも、あなたに近づいてきてくれるものがあるかも知れません。下ばかり見ていたら気づかないかも知れません。
周りを見渡しましょう。
左右だけでなく後ろも。もしかしたら頭上に大切なものが近づいてきてくれているかも知れません。その近づいてきてくれていものに手を伸ばそう。自分から手を伸ばす勇気が出ないのであれば、組んでいる腕を解き、両手を広げましょう。たったそれだけで良い。それだけであなたにとって大切なものになるから。きっと。
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